Echoの日記

ゆっくりと言葉を綴る日々

アメリの運命は夢だったのか|『アメリ』ジャン = ピエール・ジュネ監督

4月の始めにちょっとしたイベントを控えているので、花粉症に悩まされるこの時期、外出は極力控えている。なるべくベストコンディションで臨みたいので。

 

で、ごろごろしながらスマホを眺める以外に、引きこもりがちな毎日何をしているかと言うと、キッチンの換気扇や浴室のドア下の掃除、読書、そして近々畳替えをするので、和室に置いた本を整理していらない本を処分するなど。

 

そしてそれらに少々疲れたときには Netflix で映画を観ている。今回観ているのは『アメリ』。一回見終わったあと、休み休み何度か繰り返したりして、トータルで二、三回くらい観ているかもしれない。


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アメリ』は何年も前に観て、その意味不明さに「何だこれ?」とすっかり放置していた。もう30年以上前に観た『地下鉄のザジ』という映画を彷彿とさせる。ザジという小さな女の子がパリのメトロのストライキ中、二日間にわたって街中を歩き回って冒険する話だ。『アメリ』のほうが『ザジ』よりはストーリー性があるとはいえ、二つの映画に共通して言えるのは、その表現方法が時としてスラップスティックコメディのように視覚に訴えてくるところだと思う。両者ともちょっとレトロでパリの少し古臭いメトロや街角の様子をうまく表現しているのが印象的だ。

 

ハリウッド映画のように、派手だったり、アクション満載だったり、登場人物の日常がビジネスやジム通いであったりするのとは逆の、少しこじれていて、面倒くさくて、理屈っぽいところがあるフランス映画のイメージ。自分はこれが実は好きだったのかもと、今回気付かされた。何これ?と思いつつも惹かれてしまう。

それが久しぶりに観た『アメリ』の印象だった。

 

彼女は医師である父と、教師の母の間に生まれた。

ある日、アメリは父に聴診器を当ててもらう。普段から厳格な父に優しく抱きしめられることを夢見ていたアメリの鼓動は高まり、父はそれを聴きアメリを心臓病だと診断する。それ以来アメリは学校には行かせてもらえず、自宅で母から教育を受ける。

神経質でこれもまた厳しい母は、アメリが文章を読み間違えると手を上げて叱るような人だった。ここで、思わずわが子たちの受けたフランスでの教育の一片を思い出してしまった。

 

このようにして、アメリは次第に友達もなく一人で遊ぶような子供に育った。

 

23歳になったアメリはパリ、モンマルトルのカフェ、ドゥ・ムーランで働いている。

あることをきっかけに、見知らぬ男性を助けたことから、それまで自分の殻に閉じこもり他とのコミュニケーション不全に陥っていた彼女は、「世界とのつながり」を見つけた。彼女は次々に、孤独な人、体の不自由な人、人間関係をすっかりこじらせてしまった人々を、助けることに喜びを感じるようになる。

そのやり方が、奇抜で、コミカルで、意地の悪い人間を懲らしめるときなど、実にシニカルで徹底的で、胸がすくようだ。

 

ところが、ある日、偶然出会ったニノという男性に彼女は一目ぼれしてしまい......

 

彼女の初めての恋の顛末は、未視聴の皆様のために置いておこう。

 

話を元に戻す。

実際には起こりえないようなアメリの行い。たとえば、従業員をひどくいじめる八百屋の主人の懲らしめ方や、妻を失いすっかり生きる希望を見失った父親の救い方は、どれも奇想天外だ。それが子どものいたずらに終わらず心にしっとりと響くのは何故だろう。何故こんな変わった話にどうしても惹かれてしまうのだろうか。

 

それは小学生の頃、少しばかりこじらせてしまった自分に、同じく幼少期、寂しく友達もいなかったアメリを無意識のうちに重ねて見ていたからかもしれないと思い当たる。

自分には到底できないような行動に出るアメリに思わず快哉を叫びたくなるような。

 

こう考えるうちに、アメリが八百屋の店主の部屋に不法侵入して仕掛けるいたずらも、怪傑ゾロに変装し一目ぼれの相手にアプローチするのも、もしかすると内気な彼女の妄想のなせる業だったのかもと思えなくもない。


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でも深読みはやめておこう。やはり、アメリの活躍は想像などであってほしくない。私には到底できない正義のなせる技をアメリには本当にやり遂げてほしいから。

 

アメリ』の原題は、"Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain ”(「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意)だという。

良かった。素晴らしい運命で。

 

アメリ』の感想はざっとこんな感じ。

ジュノ監督による映像は、何度か見ていると細部に渡る工夫が施されているのがわかる。それに、一回ではわからなかった伏線に気付き、なるほどと納得させられたりもする。

今月一杯はフランス語学習も兼ね、あと何回か『アメリ』を鑑賞するかも知れない。